茂由水産に伺いました
茂由水産
濱口茂男
2020.12.09
養殖家族5人で育てる
茂由水産さんは紀北町の海野(かいの)地域で真鯛の養殖に取り組んでいる養殖業者です。以前は有限会社として養殖業に取り組んでいましたが、2016年に法人格を廃し、社長の濱口茂男(はまぐちしげお)さん以下5人での家族経営になりました。濱口さんが先代から会社を譲り受けた当時は複数軒の養殖業者が海野地区で養殖を営んでいましたが、今では茂由水産のみ。世界遺産の熊野古道が通る深い山を背後に、豊かな自然の中で養殖に取り組まれているのが印象的でした。
漁場へ
海野地域は外洋・熊野灘に位置する非常に潮通しのよい環境です。太平洋から黒潮が直接流れ込み、生簀周辺の海水は絶えず入れ替わります。そんな予備知識を教えてもらいつつ、長男・敬哉(たかや)さんと次男・直樹(なおき)さんの操舵する船で生簀へと連れて行っていただきます。取材当日の海はうねりもあり、早い潮の流れを船の上からも感じることができました。この流れの早い黒潮に揉まれることで、身が引き締まったプリプリの食感に育てることができるのだ、と敬哉さん。そんな話をしているうちに生簀へと到着しました。
世にも珍しい巾着袋型の沈下式生簀
到着したと言われたものの、生簀は見当たりません。その代わり、海面には規則的に浮き玉が浮かんでいます。敬哉さんは船を停めると慣れた手つきで長い鉤を海に沈め、何かをひっかけはじめました。そうして海の中から引き上げたのが、世にも珍しい巾着袋形の生簀です。アンカーで海中に固定された金枠の中に、巾着袋のように口を括った大きな網がそのまま生簀になっています。普段は海中に沈め、必要な時だけ口を引き上げる生簀は、毎年何回も台風に襲われる熊野灘で養殖をおこなうために独自に改良が重ねられたもの。通常の小割り式の生簀では台風の猛烈な風やうねりですぐに壊れてしまうそうです。
重労働、非効率。それでもこの海で育てたい
化学繊維でできた丈夫な網は海水を吸い、その重さは陸にあるときの網とは比べ物になりません。ほぼ毎日、この巾着袋形の生簀を引っ張り上げて餌をやるのはかなりの重労働です。自動投餌機を使えば生簀にいくことなく給餌が可能な時代に、合わせて45台もの生簀をひとつずつ引き上げて餌をやるのはとても非効率です。それでもこのやり方にこだわる理由は、「この海で鯛を育てるならそれしかやり方がないから」と濱口さんは言い切ります。濱口さんが養殖を行う海野の海は濱口さんが先代から受け継いで大切に使ってきた海。ほかの場所に移る選択肢はありません。
おいしさと健康を考えたオキアミたっぷりの飼料
茂由水産さんの真鯛養殖は与える餌も特徴的です。茂由水産さんでは、餌にオキアミというエビを与えています。その割合はなんと30%ほどというのですから驚きです。カタクチイワシなどのベースとなる餌に、オリジナルの配合飼料、そしてたっぷりのオキアミを混ぜ込み与えるのがルーティーン。魚の成長に合わせて餌の種類やサイズを変えるなど様々な工夫が凝らされています。
今は養殖の餌も進化して、簡単に魚を太らせることができるようになりました。「魚を太らせることは簡単になったけど、旨みを入れるのはとても大変なこと。太らせることだけを考えた餌は、その分魚の内臓にも負担がかかって投薬の回数が増えることに繋がることもある。実はおいしい魚を作るのに一番大切なことは、魚を健康に育てることなんです。その点オキアミは高カロリーで栄養価も高いので、魚は元気に育つし斃死(へいし:養殖の途中で死んでしまうこと)も減る。旨味成分も強いから、肉に旨みも乗せることができる。」という濱口さんの説明は非常に説得力がありました。通常の餌よりかなり割高なオキアミをこれでもかと使用する濱口さんのこだわりは、魚のおいしさと健康両面を考えて見つけた答えでした。
魚は正直。だから手を抜かない。
餌やりの時間は魚の健康を確かめる時間でもあります。「手間はかかりますが、自分の目で餌を食べている様子を見ていると魚のちょっとした変化にも気づくことができる」と濱口さん。「うちの鯛、綺麗でしょ?ピンク色も綺麗だし、体に張りもある。生き物は正直です。人間が手抜きをすればすぐに身が悪くなるし、簡単に死ぬ。だからうちは手抜きをしないで丁寧に育てる。」企業が運営する大規模な養殖では実現できない、キメの細かい丁寧な養殖が家族5人で行われていました。日本には茂由水産さんのような小さな水産業者さんが多数いらっしゃるのが特徴の一つです。そんな事業者さんたちがこれからも変わらず水産業に取り組めるよう守るのも大事なことだと再認識しました。
MEL認証の取り組みを通して気づいたこと
茂由水産さんは大手小売店のプライベートブランドとして真鯛を出荷しています。その大手小売店のMEL認証取得に合わせる形で、茂由水産さん自身も2019年からMEL認証の取得に取り組みました。これまでそのような認証の取得に取り組んだことはなく、漁連の担当者との二人三脚。これまで整備していなかったマニュアルや作業手順を一から作成しました。
自分たちの海をきれいに使う、魚にストレスをできるだけ与えない環境を作るといった、自分たちが何気なく行なってきた養殖のこだわりが、実は資源管理や動物福祉の視点からも評価されることだったと聞いた時には少し驚いたという濱口さん。認証と名前がつくだけでなんだかとても難しいことのように感じてしまう漁業者も多いと思いますが、こまめに記録をつけることや、魚病に対して適切に対応すること、作業の手順や漁業の概要を誰でもわかるように明文化することなど、実は認証に取り組むことで業務の改善に繋がることも多かったと言います。
「私たちは養殖だけでなく普段から豊かな海の恵みを分けてもらいながら生活しています。海は私たちの生活の一部であり、生きていくのに不可欠なものです。水産エコラベルの普及を通して、これからも持続的に海と共に生きられる日本であり続けることを期待している」と、取材の最後にエールをいただきました。
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